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北海道網走市生まれ
祖父、父は漁業者
酒、ジャズ・ロックミュージック、バイクをこよなく愛するオヤジぃ

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2011年11月21日 (月)

魚を扱う資格

おばんです。

夜更かしのネブおぢ。

ちょいとTVのニュース特番を見ていて気になったので。

某大手飲食業者さんの店舗スタッフにもの申す。

漁師が社員。

いいでしょう。

中間マージンを排して、お客さんに新鮮な魚を食べていただく。

いいでしょう。


うち(あてるい)に偵察に来たね。


俺の店は北海道が売り。

丁度、厚岸の漁師さん、仲卸さんの苦労の賜物

直送で届いた「大黒さんま」を売っていた。

一つ

食べ物商売にしてるのなら

偵察でも食べ残すなよ。

食い散らかしやがって。

食べ物、生き物に対する礼儀がまったく無い。

ウチのはそんなに不味かったかい?


二つ

あんたたちの店は宮崎だか南が売りだろ。

次の日から

どこから仕入れたか存じ上げないが

「大黒さんま」を売ってるよな。

仁義、信念はないのかね。

売れればいいか、勝ちか?


本当に旨い魚をお客さんに食べてもらいたいと思ってる、

他の飲食業者に唾吐く行為ではないか?


あんたらに魚を扱う資格はない!


お客さんたち、

こんな輩がしたり顔で

「朝獲れ鮮魚です」と


悲しくて、情けなくて、涙がちょちょぎれだぜ。

2011年11月16日 (水)

秋ニシンが凄い!

しばらくごたごたが続き、休んでいました。

すんません。


来ましたよ。

道東厚岸から

秋ニシン。

春のニシンより腹子を持っていないため

脂のりがはるかに良い。

太って、身が厚い

ほれっ



シェフが丁寧に骨抜きして

(ニシンは細い小骨が多いのです)


手間暇かけて

完成!


山わさびとオニオンマリネを合せて

くーっ!

日本酒、ワイン、焼酎、モルト

何でも合います。


今年はこれが最後!

食べたい方はお早めに。

すぐに品切れです。


2011年8月24日 (水)

「満開! 北海道」

おばんです。

店主の網走生まれ、ねぶオヂです。

関東は毎日毎日蒸し風呂のような暑さが続きますが、
皆様いかがおすごしでしょうか。


8月の初旬、土・日・月曜日2泊3日で久しぶりに北海道に行ってきました。
冷え冷えなクールダウン話第3弾は一寸お休み、北海道ネタをお話ししましょう。

実は、今回の北海道行は早めのお盆墓参りでした。
現在、実家は札幌にあり老齢の母が一人暮らしていますが、
父の墓は西の石狩、父方、母方の祖父祖母は東の湧別、網走と3か所ありまして、
全部に駆け足でお参りです。

千歳でレンタカーを借り、札幌で母をピックアップ、弟の運転で往復700kmを走破します。
実は私、4輪免許を持っていません……、弟ごめんね。
途中何度か休憩しますが、車を降りて周りを見渡すと
内地ではほとんど見られない驚きの風景が!


ひまわり、朝顔、葵は夏の花、当たり前ですが、
なんと 紫陽花、リンドウ、コスモスも これぜーんぶ満開!
ススキの穂もチラホラ見えます。
更に、セミが鳴く樹の傍らでコオロギも鳴いています。
本当です。

びっくりしたなーもう!(古い、笑)
北海道の夏は実に短く、初夏・真夏・晩夏・秋の花々がいっぺんに咲き誇るのですね。
19年も北海道に住んでいたのに、初めての体験だったような気がします。

都会に暮らしていると、緑は視界のなかに一時的、部分的にしか入ってこないのですが、
地方の道を走っていると全部みどり!
グリーンドームの中を潜り抜けているような幻想的な錯覚に陥ります。
久々に心と目が洗われたようです。


3日目帰りがけには、恒例となった狸小路5丁目HUGイートの「大厚岸」詣り。
厚岸出身、ちゅっぴり無愛想だが内実優しい加藤店長が、牡蠣をはじめ故郷の味を堪能させてくれます。
今回の秀逸は「ピリ辛さんま飯」うまい!
札幌に行かれたら是非寄ってみてください。おすすめです。
URL. http://r.gnavi.co.jp/h270600/

次回のお題は「?未定」です。
「まっ白!雪遊び3」のさわりを周囲にちょびっと話しましたら、
危ない! 痛い! 非常識! やめれ! などなど顰蹙をかいましたので考え直しています。

したらまたね です。

2011年8月 2日 (火)

まっ白!雪遊び その1

おばんです。

店主の網走生まれ、ねぶオヂです。

毎日毎日湿度の高い暑さが続きますが、
皆様、体調には充分お気をつけくださいませ。

今日から、チョビッとクールダウンできそうな話題にしましょうかね。

題して
「ソリャ~!」

前にもお話しましたが、
私の生まれた網走はオホーツク海に面した小さな町です。
冬には現在よりもたくさんの雪が降っていたかと思います。
特に流氷が接岸すると気温は一気にググーンと下がります。

通っていた小学校は市立網走小学校。
桂ヶ丘という台地にありました。
学校へ行くときは上り坂、帰りは下り坂。

そう、下り坂です。
雪が積もって滑って帰るのには丁度いい具合。
台地ですから道路以外のあちらこちらに「崖」に近い斜面があるのです。
ここを滑り降ります。
角度は30~40度位、
凸凹のワイルドなモーグル用斜面ってな感じです。

何を使って滑るのか?

実はランドセル!
ランドセル? 思い出してください、
逆さにしてアームの部分に両足を入れると、
ソリになるんですよ、コレが。
皮だから滑る滑る!
それから拾ってきたダンボール。
コレもいい感じで滑走できます。

いやぁ~凄いっ!
コブでどんどん体が飛ばされる。
態勢を立て直しながら滑る!
というよりは落ちていく!
遊園地のゆるいジェットコースターなんかよりはるかに刺激的!

体中雪まみれになりながら、
降りては登り滑る、降りては登り滑る。
飽くことなく何度でも、ちょこっとコースを変えたりして。
暗くなってきて、そろそろ家に帰らないとまずいかなという頃
皆三々五々家路に着きます。
まぁ、負荷がかかりますからランドセルのアームは壊れますね。
お袋から「何したらこんなになるの?」と随分怒られました。

ある時、ダウンヒルを堪能し、雪まみれで帰ってきた弟の尻は
ズボンも股引も擦り切れてお尻が出てました。
どうやらダンボールも無くなって、ボディで滑ってきたようでした。
やめられないほど、止まらないほど夢中になるんですよ。

その弟も今は、東京青山で凄い仕事を生み出す
デザイン会社の社長ですがね。

今の子は絶対に真似をしない方が良いでしょう。

何だか危ないことばかりしていたようですが、
次回の「真っ白雪遊び2」はもっとすごい!
乞うご期待です。

したらまたです。

2011年7月10日 (日)

ねぶオヂ少年記「夏だ!北海シマ海老」

道東夏味覚の極めつけ!サロマ湖「北海シマエビ」漁が7月1日解禁になり、
4日(月)湧別漁協さんから届いて
お客様に召し上がっていただいています。

この北海シマエビは道東でも内湾の、
アマモ(きれいな海でしか育たない海藻)の繁茂した浅瀬にしか生息しない貴重なエビ。
漁期も短く、漁獲量も本当に少ない為、本州以南へはなかなか出回りません。
代表的な産地はサロマ湖と尾岱沼(野付)。
濃いグリーンに綺麗な赤い縞模様が特徴的です。

獲れたての新鮮なシマエビをすぐに浜でボイルしたものは
甘味の強い独特の風味とプリプリとした歯ごたえがまさに絶品。
さらに頭の中にたっぷりと詰まったミソもたまらない味わいです。
頭をもいでミソをちゅーちゅーと吸って味わうのが一番の醍醐味。
エビというより蟹、蟹よりも甘く濃厚な味わい。

夏の暑い時期、冷えたビールをゴクゴクっと
そして北海シマエビを頬張る!
うーん……
想像しただけでよだれが垂れそうです。

私の父方の祖父正太郎と祖母トヨは
紋別郡湧別町字芭露で牡蠣や帆立の養殖、
そしてシマエビ漁などの漁業を営んでいました。
そう、サロマ湖畔の小さな集落です。
この時期、網走から芭露へ行きましたねぇ。
オホーツク海沿いを走る単線の今は無き湧網線で。

「シンジ行くぞ、手伝え」
祖父の一言で
早速浜から船外機つきの小さなボートでブィーンと沖へ。
浮き玉とブイを目印に
沈めてあったかごを次々と引き上げると
中では緑色のシマエビがぴちぴちと跳ね回る。

浜の小屋では祖母が大きな釜でぐつぐつと湯を沸かし待っています。
その中に獲れたてのシマエビをいちどきにガサッと入れる
緑色の体がサーっと赤く茹で上がる
その熱々を殻をむきながら頬張る
祖父はニコニコしながら
「いっぱいあるから、たくさん食べれ!」

たくさん食べました。ごめんなさい。

この「北海シマエビ」を
あてるいでも毎年湧別漁協さんから仕入れ
皆さんに召し上がっていただいています。
是非ご賞味ください。

道東の夏はここから始まります。

祖父、祖母には母方、父方とも思い出がたくさんありますが、
別の機会に書いていきますね。

したらまたね、です。

2011年6月30日 (木)

「思い出の隠れ家」

おばんです。

本日58歳になったねぶオヂでございます。

今朝、恒例の体重測定したところ、体脂肪が15.5%!になっていました。

1ヶ月前まで20%前後でしたのに、何もせずにダイエット!


ところで「●●の隠れ家」なんて雑誌があったり、「隠れ家的な店」といわれる場所があったりしますね。

「何があるのかなぁ……!?」と、なんとなく期待させられます。

自宅を新築する際に、ここは自分専用の書斎(隠れ家)と決めて作った部屋が、
いつの間にか子供部屋になってしまっていた、
というトホホな話を知人からうかがったこともあります。

実際、原始の昔には弱い存在だったヒトは、強力な敵から身を守るため安堵する洞窟などに隠れ暮らしたのでしょう。

受け継がれた深い記憶は、現代に至っても外界から守られた場所にいる時ヒトは安心するのだと思われます。

前回も書きましたが、私の生まれた網走は漁師町でした。

浜の近くの空き地(実際には誰かの土地)には、使われなくなった漁具などをしまう小屋が放置され、
子ども達の格好の遊び場所「隠れ家」になり、それを私たちは「基地」と呼んでいました。

荒れた小屋を仲間たちみんなで掃除をし、
魚のトロ箱を壊して雨漏りしそうな屋根に打ち付け、
戸の無いところはむしろをぶら下げ、
会議用のテーブルはみかん箱。
完成した「基地」を眺めてみんなニヤニヤ顔で悦に入っていました。

アメリカ映画「スタンド・バイ・ミー」の世界を思い出してみてください。アレです。

何をするわけでもないのですが、学校が終わるとランドセルを放り出し、そそくさと「基地」に仲間が集まるのです。
自分の宝物(今から思うとガラクタですが)を持ち寄り見せ合って、バクリッコ(北海道弁:交換すること)したり。
学校での情報(好きな女の子は誰だ? 夕べ●●先生は酔っ払ってドブに落ちたらしい etc.)を交換をしたり、
週末にみんなで遠出する場所の相談(ドコそこに不思議な防空壕跡があるから行ってみるべ)をしたり、
年長の先輩がこっそり家から持ってきたエロイ本をみんなで見ておお~っ!と興奮したり。

近所の悪がきたちの絆の場所であり、わくわくと楽しいたまり場でした。


しかしある日、

勇んで駆けつけたあの「基地」が……ない!
忽然と消えてしまった! 隠してあった大切な宝物とともに!
ボーゼンとして口も利けずに立ちすくす悪がきども。
まぁ大人達が何かのために片付けてしまったのでしょうが、我々の仲間にとっては大ショックでした。

今思い出すと、ほろ苦く、チョビッと胸が痛くなります。

皆さんにも、こんな経験ありませんでしたか?

本当は、現在の場所に大人の隠れ家の様な店を作りたかったのですが、
営業的な部分が先になってしまいまして、すみません。

落ち着くことができるなら、気の合う仲間が気兼ねなく集まることのできる「隠れ家」をどこかにこっそり作りたいなと思っている今日このごろです。

さてさて、お次のお題は祖父母との思い出、コレからが旬の「北海シマエビ」にしてみましょうか。

2011年5月19日 (木)

ねぶオヂの網走少年記1「五寸釘」

私も最初からオヂさんだったわけではありません。

15歳まで過ごした網走での少年時代がありました。

振り返れば、そこには現在では失われてしまったものが何か見つかるかもしれません。


21世紀、今の子達はゲームなどで遊ぶのが主流のようですが、私の子供時分には無かった。

何より物がなかった。テレビジョンを他所の家で最初に見たのが小学1年の時ですから。

玩具も少なく、みんな周囲にあるものを工夫して利用したり、道具が無くてもできる遊びをしていました。

色々な遊びが思い起こされますが、今でもあれはすごかったと思える遊び。


それは「釘刺し」でした。

当時の田舎町では舗装された道路は国道以外ほとんど無く、土の道が当たり前でした。

子供たちの遊び場はその土の路地です。

「釘刺し」とは陣取りゲームのようなものです。

二人から四人位で、個人戦・チーム戦がありました。

点と点を結ぶ線で相手の先をふさいで行き、封じ込めた方が勝ちという単純なゲームです。

しかし、この「点」が重要なのですよ。

五寸釘を使い「点を」穿ちます。漁師町ですから釘なんぞそこらにいっぱいありますから、

拾ってきた釘の先端をコンクリートや石で研いで地面に刺さりやすいようにピカピカに尖らせます。

さらに頭の部分は引っかかりますから金槌でたたいて平らにします。

この心血を注いだ(笑)五寸釘を地面の狙ったところにエイヤっと投げ下ろして刺すのです。

下手をすると自分の足に五寸釘がプスリ! という場面もあったような……。

今の母親たちが見たら卒倒しそうな遊びではありましたが。

狙い通りに敵の行く手を阻むように刺されば「やった」と内心ほくそ笑み、「どうだっ」てな顔になるわけです。

まま逆の立場になることもありますが……。

勝ったからといって何か賞品があるわけでもないのですが、

男の子の遊びですから勝負に勝ったという「誇り」が充実感になったのでしょうね。相手が手強ければなおさらに。

ま、たまには負けた方は自分家のお菓子を母の目を盗んで持ち出すこともあったりして。


何よりリアルに相手と自分の腕だけで勝負することの醍醐味と駆け引きの面白さがあの「釘刺し」にはあったと思えます。

今のヴァーチャルなゲームの世界には無い己と他のむき出しの闘争心がそこにはありました。

振り返ってみると、私が子供の頃に体験した様々な「遊び」の中には今も自分の中に息づく「心意気」があるようです。

本当に素敵な「遊び」を教えて下さった当時の先輩たちに感謝します。

さてさて、次回のネタは「基地?」の予定です。

2011年4月 6日 (水)

東日本太平洋沖震災義援金の報告

おばんです。

ねぶオヂです。

3月16日に始めた“ケッパレ東北・北海道”の

「100円義援金」募金と任意のお客様募金が4月5日までの20日間で

延べ415名様から71,141円集まりました。本当にありがたく思います。

中にはご自分の故郷が被災された方、知人をなくされた方もいらっしゃいました。

とりあえずは、4月いっぱいでまとまった義援金を寄付することにします。

小さな小さな、力にもならないような試みですが、今後も期限を設けずに続けていきます。


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ご案内とお願い
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私の40年来の学生時代からの友人が宮城県亘理郡山元町在住で被災しました。

彼は、数年前永年の勤め先を辞め、「ウッドクラフト 無房」を立ち上げ、

毎日毎日、木と向き合い、木の思いを形にしています。

「あてるい」では、彼の作品を展示販売しています。

今回の震災で不自由な生活を強いられていますが、少しでも力になれればと、

「無房」の作品を全品1,000円で販売します。

木の皿、ボウル、ぐい飲み、ネックレス、携帯ストラップ、りんごのオブジェ などなど

温かい温もりのある作品ばかりです。

是非ご協力お願いいたします。

ご来店の際には、お声掛けください。

http://mubou.way-nifty.com/kaze/

2011年3月28日 (月)

………。

おばんです

ねぶオヂです。

しばらく休んでしまったブログ、眠れぬ夜にチョビッと書いてます。


今回の東日本太平洋沖震災で被災された方、ご家族、ご友人をなくされた方に

重ねて、心よりお見舞い、お悔やみ申し上げます。

はじめて10日間の震災被害支援の募金は、お客様のご協力のおかげで3万円ほど貯まりました。

ありがとうございます。引き続き募金活動を行っていきます。

自分にできることは、ほんの小さなことですが。

2011年、年明けの3ヶ月の間に、身近な人の生と死を体験しました。

1月、2月、親しい知人の老父母が老衰で。

3月11日の震災では、陸前高田在住、40年来の友人が未だ行方不明。

岩手、宮城在住の友人、お客様も何人か被災しています。

先週、知人でお店のお客様でもあった方が50歳を目前に闘病死。

その一方で、お客様ご夫婦に先週末第一子が誕生。

あまりの悲しみに沈んでいたり、わが事のようにうれしくお祝いしたり、

それでも日常は毎日毎日続いて流れていきます。

葬儀のたびに思います、

自分は、あとどのくらい生きて死ぬのだろう?

そのときに周りの人々に迷惑を掛けないよう、身辺の整理をしておかなければ、と。

背筋を伸ばし前を向き、一所懸命生きていかなければ、と。


何だか暗くなってきましたが、元気出していこう!

「あてるい」は今日も元気です。


<予告>

時間ができたらですが、

次回から「飲食店との上手な付き合い方」を連載でお送りするため準備をしています。

10年飲食店を経営し、延べ10万人ほどのお客様と接してきて、

お店とお客の関係は、「恋愛関係」にとっても似ているなぁ。

と、最近強く思います。

「恋愛」を軸に様々なシーンでお店と付き合うヒントになればと考えています。


したら、またね。

2010年11月28日 (日)

蕎麦屋珍百景

おばんです!

私、蕎麦大好きです。

朝から三食蕎麦でもOKなんです。

もり、かけ、いいですね~ぇ。

旨い蕎麦を食べてると幸せな気分になれます。

勢い昼飯は「蕎麦屋」の暖簾をくぐることが多く、

お気に入りのお店もいくつかあり、

いつも美味しく食べさせていただいて感謝しています。

でも、最近は何だかなぁ? と思う光景に出くわすことがあります。


ある日の昼下がり、いつものお蕎麦屋に

大もりを注文して、ふと店内を眺めると少し前に入ったと思われる30歳前後のカップルが横のテーブルにいました。

女性は温かいタネもの蕎麦、男性はかき揚せいろを食べ始めています。


女性

帽子かぶったまま。

足組んで、テーブルに肘ついて、レンゲに蕎麦のっけて食べてます。

あれまあcoldsweats01

男性

これまた帽子かぶったまま。

せいろの蕎麦を出汁つゆの中に大量に入れました。

かき揚も投入。

ぐるぐる混ぜてます。

うあ~っつwobbly

犬食いです。

うああ~っつangry

「すいませ~ん」男性が店のお姉さんを呼びました。

「つゆ追加ください」


おいおい、ここは蕎麦屋かい?

食事するときゃ帽子脱ごうよ。

レンゲはつゆを飲む道具だろ?

蕎麦をつゆでジャブジャブにしたら美味しくないでしょう?

流行の中華つけ麺ではないのだから。

器は手に持って食べようよ。

洋食でスープ皿に口つけて食べているのと同じでしょ。


注文した大もり蕎麦が出てきました。

私はできるだけカップルの方を見ないようにしながら蕎麦をたぐり、

そそくさとお店を出ました。

はぁ~っ 

かわいそうです。

あの歳になるまで誰にも食事の作法を教わることなく、大人のふりをしているのですものね。

私は、食事の作法を厳しく躾けられたからかもしれませんが、

あのような光景を目にすると、正直背筋がぞぞ~とするのです。

オヂさんは見方が厳しすぎるのでしょうか?


それでも明日はまた蕎麦屋の暖簾をくぐります。


したら、またね

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